2007年大河『風林山』   - 第三回『摩利支天の妻』 - 



■毎回毎回、歴史公証に思案を重ねた背景設定のもとリアル志向で編み上げられている大河『風林火山』。その色んな意味合いでの『深さ』は、人生のうち幾数年かを戦国時代関連の趣味で過ごした歴史痛ならいざ知らず、一般視聴者の皆様では『何で?σ(゜、。 )?』と思いたくなるようなポイント、または見逃している要所もいくつかあるのでは無いでしょうか。

 そこで、今回より「戦国与太噺」(せんごくヨタばなし)コーナーを設置し、ストーリー解説の前に、その深さを歴史痛的観点で軽く解説を交えていきたいと思います。内容だけを知りたい方は、山本勘助の凛々しい顔が目印の”しおり”まで読み飛ばして頂いても結構です。それでは、皆様の御時間を少々拝借。

      戦国与太噺。導入部、となぜ素直に命名出来ない。(画像は斬Uスピリッツより)

■大河『風林火山』ではとにかく食べ物が無い様に紹介される極貧の階層・甲斐の農民達。
 第三話【摩利支天の妻】も、ミツ(貫地谷しほり)の『こんなもんしかねくて、もうしわけねえだ。』という言葉と、鍋のなかでグツグツ煮えている「何か」を振舞う場面から始まります。あれ、暗過ぎて何が煮えてるか判らなかったことないですか?折角、時代考証に凝った大河ドラマが用意した、当時の農民の食事だというのに。

  中身不明な鍋の中身。画像効果をいじれば中身、見えるかも。

 そして、ミツが『勘助が戻って来て嬉しい。』と、主役との再会を微笑みと共に嬉しがるシーンが印象深いのですが…。ミツがたった二話であそこまで勘助にぞっこんなのは、なぜなんでしょう。

 殺戮が日常的に、飢餓が現実的に襲ってくる騒乱の戦国時代、農民たちはどんなものを食べて、どんな恋愛をしていたのでしょう?

 実は大河『風林火山』、そんな細かい場所まで緻密に、そしてしっかりと物語に織り込んでいたりします。素直に読み取るかこじつけにとるかは御自由にどうぞ (今何て言った

■どんなものを食べていたの?
大河『風林火山』では画面の照明効果が暗く、良く判らなかった鍋の中身ですが…あれの正体は『炊』です。

 『あれ、農民なのにちゃんと米が食べられてるんだ。(・(ェ,,)・ )』とか思われているかも知れませんが、ミツが造っていた『雑炊』は雑草と粗末な米でつくった、現代の感覚のそれとは大きく違うものです。
 現代の雑炊の具が、風味の豊かさやバリエーションを豊富にするためにあるのに対し、戦国時代の農民が作る雑炊の具は『あまりにも米が少なすぎるため、すこしでもかさを増やすために混ぜ』られている、といった点が最大の違いでしょうか。貧しさゆえの”雑炊”なのです。

      戦国時代の雑炊、なんですが…おそらく素材は現代のもの。こんなにおいしそうなもんじゃないと思われる。

 葱や大根の葉、かぶ、青菜、山芋の茎や根、豆、道端の雑草まで。とにかく、なんでも混ぜて煮込み、少しでもお米の少なさをカバーします。味付けは、塩と味噌のみ。
 味噌は大豆で作ったものではなく『ぬか』でつくった糠味噌。大豆味噌の原料となる大豆は軍馬を養うための飼料となっていたので、農民の口に入るものではありませんでした。
 合戦で軍馬の世話をする馬取(うまとり。馬丁【ばちょう】とも言います。)が『死ぬまでに一度、大豆味噌を食ってみたい!!』と死罪覚悟で大豆を横領し、豆味噌に舌鼓を打ったと記録にも残るほどです。

 また、今の食卓にならぶ白い御飯は品種改良が進められた結果のもので、当時の米御飯は甘みも粘りもかなり劣るものでした。戦国時代の稲作の主力は、赤米(あかごめ・あかまい。大唐米・太米ともいう) と呼ばれる古代米の一種で、赤米と言う名のとおり、微妙に赤色をした品種でした。奈良時代から戦国時代にかけて作られた品質の良くないもので、その味の悪さは古代文献で『ほとんど飲み込めないほど不味い。おおよそ、稲作のものではだろう。』とまで酷評されるほど。赤米単体で炊き上げるとそのまずさはもっとひどくなったようです。

 近年の雑穀ブームで再注目された穀物でもありますが、品種改良でずいぶん美味に進化させたものですし、あくまで混ぜ御飯の一種として赤米を用いるものです。当時の赤米は単体で炊飯すると炊きたてホヤホヤであっても粘りや甘みが全然ありませんでした。


 しかし、そんな劣悪品種の赤米すら、戦国時代の農民は満足に食べることが出来なかったのです。最下級層の農民が御飯を盛大に炊くのは冠婚葬祭、大きな儀式があった時だけでした。
 祝い事や悲しいことがあれば、少しでも浮世の憂さ晴らしをしようと、農民達は御釜いっぱいに赤い米を炊き上げたのです。…――現代でも、祝いごとがあったときに赤飯を炊くのはこの風習のなごりです。

 逆を言えば、そんな契機でもない限り…貧困の最下層にある人達は、少なすぎる米をやりくりしながら、粗末な食事で明日に命を繋いでいました。

 『もったいねぇ…あにするだ…。』と泣きながら草雑炊をすすっていた貫地谷さんの迫真の演技には、当時のそんな食料事情が秘められているのです。

■どんな恋をしていたの?
大河『風林火山』でも、ミツはやたらめったら山本勘助(内野聖陽)にはぞっこんなのですが…どうしたわけか平蔵(佐藤隆太)の恋慕にはさっぱりで、見向きもしません。作中で平蔵は『疫病に掛かった一家の生き残り、同じ葛笠村の農民にも忌み嫌われていた。それを救ったのが伝助とミツだった』とされる親密な設定の、はずなのですが…平蔵の思いは空回りするばかり。

 平蔵と勘助のルックスなら、現代女性であればどちらを選ぶか迷いもするでしょうが…戦国時代ではいったい、どういう男性がもてたのでしょうか。


 これは、さきほど説明した”農民の食糧事情”も大いに関係があります。ずばり、戦国時代に女性から慕われた男性像は『とにかく、御飯をべさせてくれる人。』でした。

 そもそも、なぜ戦国時代が日本に合戦の火種を撒き続けたのかは…色々原因もあることですが、その根底に流れる最大の理由は『絶望的な食糧不足』という現実でした。

 応仁の乱(1467年)から豊臣秀吉による天下統一の完成(1590年)までの約120年間、日本六十八カ国は連年の様に続く合戦のせいで乱れ、荒れ果ててしまいました。
 もともと食料自給率が高くなかった日本が、いつ終わるかも判らない絶望に襲われた時代が『戦国時代』の実態です。 こんな世の中で畑仕事に精を出しても、暮らしが楽になろうはずがありません。

 ひどい世情のおかげで、年貢もべらぼうに高いものでした。当時の年貢税率は六公四民が基本で、ひどい場合は八公二民まで。要するに、米に掛かる所得税が60〜80%(!?)もあったのです。年貢を払って僅かに残ったとしても治安がヨハネスブルグ並みですので、残ったそれが野盗や野武士に取られるか盗まれる。

 また、棟別銭 (むねべつせん/むなべちせん) といって、家一軒につき掛けられる税金などが年貢と別にあり、性質が悪いことに甲斐武田家はこれが居様にく設定されていました。 (一軒あたり銭二百文、現在の貨幣価値でだいたい一万六千円也。奥州伊達家の二倍、相模北条氏の四倍!)

 これらの税金をたとえ一生懸命やっても、払えなければ処罰だけはキッチリおみまいされるわけですから…結果、農民の多くが土地や畑を捨てて逃げ出し、流浪の小悪党となり『つくる側』から『奪う側』に回りました。荒れ地の焼け野原は広がり、田畑の荒れ果ては進み、ますます供給不足が深刻になる悪循環。その過酷さは風林火山第一話『隻眼の男』でも紹介された通りです。

 明日をも知れない、それどころか今日を生きるのに必死な世の中。こんな世情で男性に求められる条件といえば、もう選択肢はそう多くありません。『明日を生きるための食料を確保出来る』、つまりそれだけ強いことでした。(ノ・(,,ェ)・)ノ<♪だーかーらー 今日より明日より愛…じゃなくて力と飯が欲しい!!。
 ミツが平蔵ではなく勘助を選んだ理由も、勘助が不具ながら度胸があり、強いことが大きく関係したことでしょう。

      なんだ、この偏見に満ち溢れた与太話。
 
 結局、戦国時代では優男だとか二枚目であることは二の次どころか五の次くらいだったようです。超がつく美形男子になれば、上位階級が性愛の対象として囲ってくれることもあったでしょうが…この場合、当の本人の意思は無関係でしょう。無理矢理か、売り飛ばされてのことが大多数でしょうから。

 実力本意、度胸一番が戦国時代の実態です。結局、男性がモテるモテないはその力量や強さ、知略といった頭脳にあり、美貌ではなかったと言えるでしょう。

 …――え、何。『なんか男前に恨みでもあるのか』って?…そんなものでしょう、歴ヲタって。( ・(,,ェ)・)フッ

では、以上の様な世迷言(何)を踏まえた上で、第三話を御紹介です。

      ストーリー解説・キャラクター紹介。

完全版『風林火山』の第三話、全44分29秒。
 時期設定は未詳ながら、武田晴信の元服(天文五年三月)が済んでいること、今川家総領がまだ今川氏輝(五宝孝一)であること(天文五年三月十七日迄)、大根の種を撒く季節であることから、1536年(天文五年)三月頃だと思われます。

大叔父・庵原忠胤(石橋蓮司)のもとで寄食していた勘助は実兄・山本定久(光石研)率いる刺客に襲われて駿河退去を迫られ、約一年振りに甲斐葛笠村へと帰ってくる。ミツはそれを喜色満面に受け入れるが、万沢口の合戦で甲斐武田方の物頭・赤部下野守(寺島進)を討った件もあり、武田家の敵となってしまった勘助を匿(かくま)うことに伝助(有薗芳記)や平蔵(佐藤隆太)は反対するが、ミツ(貫地谷しほり)は勘助を慕い、とある告白をして勘助ら周囲を驚かせる。

 そんな最中、甲斐守護職・武田信虎(仲代達矢)はまたしても信濃出兵を宣言。いまだ万沢口合戦の傷跡が癒えぬうちの出兵に、家臣達は暗い思案顔で座談する。甲斐国はどうなってしまうのか、暗い見通ししかない状況。話題は武田家の次代を担う若殿に移りますが、これまた晴信(市川亀治郎)は、午の刻(昼の十二時)になっても起きてこないほどの怠けぶり。

 勘助の処遇を巡り、伝助や平蔵、ミツとの間でひと悶着が起きますが…ミツの思いに対し、勘助は困惑するばかり。農民暮らしはイヤだと言えば、ミツは『うらが生かすだ!』と逆告白。こうなっては勘助も野良仕事で鍬を振るうより他もなく。

 そして、急転直下。ミツは晴信の希望により武田家の侍女として召喚を受ける。ミツは驚き、事態がよく飲み込めないまま平伏するが…原美濃守(宍戸開)に既に身ごもっていることを看破される。誰が夫であるか、それは勘助ではないのかと疑う美濃守の難詰。言葉に詰まる伝助達から出た言葉は、意外な所から飛び出すのだった。

 信濃出陣、駿河今川家での兵火の予感に甲斐国が色めきたつ中、勘助とミツ、そして晴信と板垣信方の関係は大きな急展開を迎える。

 聡明さを恐れる親、憎しみを恐れる子。父と子、不思議な絆は一生掛かっても悟れぬもの…そして、人は、己が求められる場所で生きられることが最上の倖せであること。

 勘助が『己の城を(守るべきものを)見つけた!!』とミツに向かって告白する。板垣信方は晴信の心に満ちた曇りの出所、屈折した心の闇の根底を見出し涙ながらに諫言する。
 二組の“ふたり”の間でもつれて錯綜していた心の糸がほつれ、ほつれた糸は甲斐国を舞台にした戦国絵巻の緞帳を徐々に開いていきます。

 武田信虎、狂気の狙撃。

 しかし、そんな勘助や晴信と違い誰にも心を開かない暴君、信虎の心に巣食う闇は晴れない。嫡男晴信の器量を恐れるあまり、夢枕では不動明王の化身と化した晴信に弓を引かれる=叛逆される悪夢まで見る始末。陰鬱とした心のまま鹿狩りに出れば絶不調、戦の女神である摩利支天像を首から提げたミツと遭遇してしまう…。


□第一話、二話と波乱が続いた大河『風林火山』ですが、今回は次回以降の更なる動乱の予感と勘助に襲い掛かる波乱の前触れを含ませるために一休み、といったところでしょうか。血沸き肉踊る合戦風景も太刀のぶつかりあいもなく、淡々と進んだ感があります。

 しかし、その静けさは次の嵐の前兆かも知れません。よくよく視れば第三話には、今後のストーリー上で大きな転機となる革新と、さらなる転機を呼び込む複線が張り巡らされています。

 甲斐武田家は矢継ぎ早の合戦が起きる前兆に揺れ、仕官して智謀と兵法を駆使し立身出世する野望を抱く勘助の心はミツに揺れ、板垣信方は若殿の真意を知って揺れ、そして晴信は父信虎の寵愛を得られず疎まれることに揺れる。

 けれど、すれ違い続けていた勘助とミツ、若殿と傅役の心模様が良い方向に移ろいを見せ、徐々にそのシンクロ率を高めていきます。
 長年の流浪の末、守るものもなく合戦に生きていた勘助が初めて見つけた『合戦をする意味、それで守るべき価値のあるもの』の発見。そして晴信と板垣信方が見つけた『戦国に武将として生きる意味、指導者として皆に求められることへの意味』。 
 それぞれの二組がやっとたどりついたもの、共感を得られるときが来た途端、運命の歯車ははじめて軋み音を立てて、歴史を動かしはじめるのです。

 しかし、そんななか…ただ一人孤独である信虎だけは違います。合戦をする意味も、守るべき価値があるものも見出せず、戦国武将として生きる意味、指導者として皆に求められる意味を分かち合える者が居ない、そんな悲しき暴君が信虎の実態です。

 射放つ弓の鏃は、獲物ではないはずのものに向けられる。その一本の鏃が戦国の甲斐に新たな火種を撒き、信虎自身を焼くことになる業火を呼び覚ますことになるのです。
 その熱気は次回以降、若き虎と隻眼の戦鬼を急接近させていくことになるのですが…それは次回を見てのお楽しみ、ということで。

 ミツが作ってくれた藁の眼帯をつける勘助。

山本勘助(内野聖陽)
今回も、顔の表情だけで視聴者に臨場感を伝え、感情移入を容易にさせてくれる内野さんの好演が光ります。
 『良い意味で暑苦しい(笑)』とは武田晴信役の市川亀治郎さんの内野聖陽評、『クサい芝居は苦手。』とは内野さん御本人の内野聖陽評なのですが…すみません、山本勘助の熱さってどこかで見覚えがあるなぁと思ったら、勘助が畑仕事に精を出すシーンでひらめきました。

 96年大河『秀吉』の豊臣秀吉(竹中直人)です(何。

     内野さんの山本勘助と竹中さんの豊臣秀吉。なんか似通ったものを感じるのは赤髭だけだろうか(弱気。

 褒め言葉ですよ?96年大河『秀吉』での竹中直人さんと同様に内野さんの山本勘助も感情の起伏が素晴らしいほど熱くって好感が持てますし、俳優として演じる役目が肩から降りると途端にスタイリッシュになるあたりも一緒です(笑。
 『風林火山』と違い時代考証やリアルさといった点では観点の違う大河だった『秀吉』ですが、『主演の演技力や存在感が大河ドラマに与える影響は、本当に大きいんだなぁ』と言う事が再確認出来た気がします。

 今回の勘助は、謀計詭計や行流の剣術を披露する場面こそありませんが、新たな動乱の予感を嬉しそうに感じながらも、『守るべきものが無ければ真のいくさとは言えない』という心理と、真の合戦をするために守るべきもの両方を一度に得ることになりました。
 戦バカだった勘助が恋愛というものにすら兵法を挟んで語る告白シーン、ミツを抱きしめてその想いに初めて心を開いたシーンでは久々に胸が熱くなる思いがしました、が…。

 そんな幸せも、長くは続かないのが切ないところです…。( ノ(,,ェ)・)

ミツ(貫地谷しほり)
どうでも良いことですが…勘助、いつのまに手をつけた(何。

 『え、うらが?』 原美濃守の呼び出しを受けての表情。

 まだ未登場ではありますが、今後の大河『風林火山』のヒロインとなる由布姫(柴本幸)や三条夫人(池脇千鶴)の可憐さとは種類が違う、土の匂いを感じさせるような可愛さがある貫地谷さん。何と言いますか、見ていて『この子は放って置けないなぁ』的感性が胸をつき動かします。幾ら山本勘助が隻眼の薄情者でも、この雰囲気は振り払えませんよね。

 勘助に『自分が守るべきものじゃない』と否定されても、お腹の子を生かそうと懸命になって雑炊をすすり、泣きじゃくる場面。勘助が『いざとなったら自分を武田に突き出せ』と諭された際の表情の揺らめきと、終盤になって終に勘助が心を開いた場面での心底嬉しそうな顔。
 その全てが、視聴者に深い感情移入をさせると同時に、貫地谷さんという俳優さんに心を一気に引き寄せていきます。やはり、演技の根底にしっかりした基礎のある俳優さんというのは違いますね。

 『信じていいだか…?』 ( ・(,,ェ)・)<こんなかわいい嫁が摩利支天のはずがない。

 けど、こんなに可愛いくても戦国の世は非情です。終盤、心の闇にひそむ狂気にとらわれた信虎の矢が、狙った先には…――。って、ここで切るのかNHK!!(ものすごい場面で『第三話終』と出ます。)

平蔵(佐藤隆太)
既にミツやんの心が勘助に傾きまくってるのに、諦めきれない悲しき恋敵の平蔵。
 今回はその最愛の人を『守るべき者ではない』などと口火を切ってしまった勘助へ怒声と共にマウントポジションを敢行しましたが…あの場で、ただの一発も勘助を殴れないあたりに、平蔵と勘助の実力差が見え隠れした気がします( ・(,,ェ)・)

 そして、鬼美濃の『ミツの旦那は誰だ』という詰問に対し『自分です!!』と声高に叫ぶシーン。あれは絶対勘助をかばって言ったんじゃない、鬼美濃公認にしたかったんですよきっと(苦笑。勘助もある意味ズルイっちゃあズルイんですが、平蔵のズルさと勘助のズルさは根底に流れる余裕さが違うんですよね。

武田晴信(市川亀治郎) with 板垣信方(千葉真一
今回のもう一方の『ふたり組』、武田の若殿様とその傅役(もりやく。戦国武将の幼少期における教育指導役)。今回は、勘助&ミツ組に負けないほどその絆が深まりました。

 第二話の終盤、弟の次郎()に敗れた自分を見て微笑みを浮かべた父・武田信虎(仲代達矢)の顔を見て、すっかり虚け者(うつけもの)の惰弱振りを演じていたようですが…。もう一人の父親である傅役の板垣信方(千葉真一)には判らなくても、母親の大井夫人(風吹ジュン)にはすっかり見抜かれていました。戦国時代でも母は強し、と言ったところでしょうか。

 そして、言葉が無くとも通じ合うほど意気投合は出来ているのに、実の息子の器量を恐れ憎しむ父親と、その憎しみを恐れて暗愚の振りをする嫡男の屈折した親子関係。戦国時代が親子の絆すらも狂わせる騒乱の時代であることを視聴者に再確認させてくれます。

 甲斐武田家は特に、この手の親子関係で実に四代もの間、揉めた家系(武田信昌-信縄-信虎-晴信と、ここ四代の武田家総領位は全部、後継者争いで揉めている)です。その騒乱の歴史を実見して、悲哀を感じてきた板垣信方には耐え難いものがあったのでしょう。

 『若殿!!』 千葉真一、感きわまる表情。

 和歌に没頭する若殿を諌めるために自身も和歌を習い、そこから諫言に入るあたりは真に晴信の行く末を案じ、実の父の替わりに若殿の未来を思っていることを言葉無しに感じさせてくれて…千葉真一さんの涙声での語りかけと『もうよい!!』と声を震わせる亀治郎さんの横顔は、見ているこちらまで胸が熱くなります。

 風林火山の名将・武田信玄を培ったのは何も器量や才能だけではない、甲斐武田家を支えてきた老臣達の補佐もあってこそだということを再確認した好エピソードでした。

原虎胤(宍戸開)
 原美濃守虎胤は1536年(天文五年)当時で齢四十歳。父親の原友胤と一緒に下総国(現千葉県北部)の千葉家から甲斐に流浪してきたという異色の経歴を持つ、甲斐源氏の親類縁者が多い武田家臣団では珍しい外様の武将です。
 役職は足軽大将、その生涯で立てた武勲は三十八回。戦場で傷を負えば傷痕に塩をすり込んで血を止め、再び戦場に突入するという命知らずな勇敢振りで、気づけば受けた向こう傷は全五十六箇所。武田信虎より虎の一文字を与えられる寵愛を受け、ついたあだ名が『鬼美濃』『夜叉美濃』という稀代の猛将でした。

 『後であまり修理しなくても良いように城を落とす』という、ちょっと器用なことが出来る城攻めの名人であり、同じく城攻めと築城術の達人であった山本勘助とは深い関係になる人物でもあります。

 88年大河『武田信玄』では原美濃守を演じたのは宍戸錠さん。元々怖いエースのジョーの顔に傷だらけのメイクで挑んだ鬼美濃役は、良い意味での男臭さや悲劇的な最後もあいまって、非常に印象的でした。
 今回はその鬼美濃役に宍戸錠さんの御子息・宍戸開さんがキャスティングされました。88年大河『武田信玄』が役者デビューだった宍戸開さん(塩津与兵衛役)ですが、大河ドラマは今回で四度目の出演。

原美濃守虎胤。髭が凛々しいおっちゃんです。

 凛々しい顔を覆った鬚髯がうるわしい鬼美濃の旦那ですが、今回はなぜ、宍戸錠さん譲りの顔一面傷痕だらけメイクをしなかったんでしょう。主役である山本勘助が常時傷痕つきなのでキャラ被りを危惧したのかも知れませんが…リアル志向で行くなら、是非再現してほしかったものです。

 葛笠村を訪れる場面では、ワンシーンで見事な早駆けを披露している宍戸さん。甲斐武田家家中でも屈指の猛将である原美濃守ならば当然のことでしょうが、宍戸さんは馬術の心得があったのでしょうか。千葉さんの馬上姿と遜色ない似合いっぷりでした。

 大河『風林火山』では単細胞で気が短そうな性格ながら、勘助の異質な才能にすぐ気づいた原美濃守。原作小説では目立つ場面があまりありませんでしたが、今後どのような活躍をするのかは、今後の大河『風林火山』を御覧になってからのお楽しみということで。

         第三回『摩利支天の妻』評価表。

今週の風林火山
【註・あくまで歴史痛の観点から視聴した個人的感想です。】
■総合 ★★★★☆ 流浪の旅の末、ついに守るべきものを見つけた勘助と武田家嫡男として腰を据える心を見つけた晴信、共に心の革新が起きた回。後にも先にも一度だけの、勘助の告白が見られるという意味でも貴重な回。
■戦闘 ★☆☆☆☆ 本格的な合戦描写・斬り合いはなし。ミツを巡っての、平蔵と勘助の取っ組み合いくらいか。
■俳優 ★★★☆☆ 仲代達矢さん演じる武田信虎の存在感がこれでもかと滲む。若殿を諭す板垣信方の心機が白熱の好演で光る。
■恋愛模様 ★★★★★ 勘助、愛の告白。脚本家の大森さん曰く『勘助に恋をさせたかった』とのことですが、それが次回で急転直下。かなしいけれど、これって戦国なのよね。
■役立知識 ★☆☆☆☆ 今回から新たに設定された当項目。その回に見ごたえがある、今後の戦国ブームでも役に立ち応用できる戦国知識があれば検討。今回はアンテナに触れる該当項目が無し。
■歴史痛的満足度 ★★★☆☆ 信虎が見た悪夢で晴信が弓を射るシーン、そして終盤に信虎がミツを射るシーン。その際に、ちゃんと弓の弦を親指一本で引く騎馬民族風の射方をしていたあたりはさすがNHKといったところ。下手な民放が戦国時代ドラマをやると、高い確率で弓の弦を親指と人差し指の二本で引いちゃうから困る。

■次回は第四回『復讐の鬼』。鬼気迫る勢いで勘助と板垣信方が太刀を合わせて鍔迫り合いが次回予告で映えます。
 風林火山紀行は愛知県豊川市。勘助の養父・大林勘左衛門邸跡や勘助の若い頃の記録を今の世に残す長谷寺、山本勘助奉納の摩利支天像、勘助遺髪塚などが紹介されています。地元の猛プッシュが実を結び、風林火山紀行に登場したという秘話があるそうですが…観光事業とかが絡むと、こういう話がどうしても出てくるものなんでしょうか…。




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