2007年大河『風林山』   - 第十八話 生か死か -


第十八話『生か死か』の感想。諏訪頼重を騙し討ち同然に葬ってしまった甲斐武田家ですが…兄に夫を討たれた妹、父を討たれた仇敵の側室に迎えられようとしている亡国の姫、様々な思惑が交錯します。

 頑なに心を閉ざしていた由布姫の心模様の変化が細かく描写され、勘助の鬼の心がそれにあわせて変化していく様が印象的な回。

■武田晴信(市川亀治郎)
 武田家の家督を継いでまだ三年と経たない若き日の武田信玄ですが、早くも後々の人格を複線付ける様な、喰えない大将振りを発揮しています。



 幾ら違約があったとは言え、諏訪頼重は妹婿です。実は当時の気風から言うと『たとえ同族が弓を引いたとは言え、その同族が白旗を振って降伏したらお咎め無し』であることも珍しく無かった時代。しかし、それを謀殺して諏訪を掠め取ってしまった晴信。

 心痛の余り病を患った禰々(桜井幸子)が死に瀕しているというのに、その亡き妹婿の娘を娶ろうとしているのです。
 
  顔の表情、論議する家臣を前にした晴信の顔は到底『御家の為だ、仕方ない』ってな顔には、少なくとも赤髭にゃ見えません。( ;・`ω・´)


  
 禰々が寅王丸を『諏訪家を継いで欲しくない…兄上のにはなってほしくない…。』と呟いた遺言にも、まるで渡りに船といった感じです。

 かつて三条夫人に『由布姫を側室になどする気は無い』とか言っておきながら、勘助を駆使してその翻意を促したり…故意に下手な和歌を送りつけ、貝の様に心を閉ざしていた由布姫の心を綻ばせるあたりなど『武田と諏訪に禍根を残さぬ為に、由布姫を側室に向かえる』だなんて殊勝で控えめな素振りが微塵も感じられません。

 しかし…その、由布姫の気を惹く為に書いた下手な和歌をよもや床の間に飾るなどとは想いも拠らなかったようです。

 …ぁぁ、それを見た三条夫人がその身を…暗い嫉妬の炎で焦がしてしまいます。…想わず辛辣な言葉の刃で由布姫を切り裂くや、急ぎ足に館に戻り涙ぐむ三条夫人( ´・ω・) …何考えてんだ、晴信。( ;・`ω・´)9゛←三条夫人ラヴィな赤髭。

 …歴史上でも武田信玄は正室の三条夫人を初め側室に美女と名高い女性を侍らせ、男色にも熱い情熱を注ぐ『好色』であったと伝わっていますが、早くもその素養が見え隠れしています。英雄、色を好むとは良く言ったものです。

 …しかし、欲深いながらも晴信は戦国武将達の中でも屈指の大器であり、英雄の名に恥じぬカリスマ性を持つ甲斐の虎です。
 その威風はまた一人…甲斐に深い恨みを抱き、怨讐に凝り固まった由布姫の心に、大望無き復讐鬼として生きることの虚しさを教え…その意気志望を大きく変えることにもなりました。

 かつて、先代であり父であった信虎の統治者としての悪辣さ・醜さを間近で見てきた晴信も…前回の放映で、其れが戦国乱世を乗り切る為、甲斐武田家の隆盛の為には仕方の無い必要悪であった事を理解し、戦国時代の騒乱の世を総領として生き抜く事を決意しました。
 今回の不可解な行動理念も見ようによっては、あるいは…乱世の君主として奇麗事ばかりでは乗り切っていけないと割り切ってのことなのかもしれません。

 次週予告においては、寝間着姿で短刀を振り回す由布姫と相対する模様が見えた晴信。甲斐の虎は、諏訪の姫君との恋模様合戦にも勝利の凱歌を挙げ、風林火山の旗を翻す事が出来るでしょうか?

■三条夫人(池脇千鶴)
 井上靖原作『風林火山』だと、正史のイメージ通りの冷酷な性格…側室達を苛めて回ったという逸話すら残る、気位が貴く嫉妬深いイメージそのままの舌鋒鋭さで由布姫を切り裂いた三条夫人ですが…。赤髭が懸念していた様な描写は、今回のところは免れたようです。



 由布姫を側室に迎えるという晴信の意思を正室としての気風と器量を以って容認し、傷心の底に沈んでいるであろう由布姫を慰撫すべく対面します。


 由布姫に『これも…さだめにございます。』と言われた時に『…さだめ?( ,,・ω・)』と問い返した時の様子が最高にかーぃらしかったんですが(ぉぃ…奥の床の間に飾ってあったものが目に入ってしまってはその矜持も何も木端に砕け散ってしまいます。
 
  …夫晴信が、由布姫に送った…恋文同様の短歌を唄い綴った短冊。
  
 さすがにこんな物を背景に背負う由布姫を仏の慈悲で憐れむ心など有る様も無く…原作でも吐露した言葉…冷徹極まりない舌鋒で由布姫を一閃してしまいます。



『さような恥じらいまで無くすとは…まことに…国はびたくないもの…。』

 井上靖原作『風林火山』では、史実のイメージそのままに冷たく冷たく言い放ったこの言葉ですが…赤髭が救われたのは、大河でのこの言葉の発端は『晴信のすっとこどっこいが由布姫の気を惹こうと詠った下手な和歌が床の間に飾ってあったのをみてしまったから』だというコトです。

 88年大河『武田信玄』では絵に描いたような悪い三条夫人ですが、『風林火山』では従来どおりの嫉妬深く狭量な三条夫人とは少し違う人物像が期待できそうです。次週予告でも正室としての毅然とした姿勢を取り戻し、『姫は、笛を嗜むか?』という優しい言葉も聞かれました。

 戦国風味の複雑な三角関係の展開、今後はどうなるのでしょう。


■甘利虎泰(竜雷太)
 はい、今回も登場しました。

 御館様の信頼を得ること目覚しい勘助の才覚に敵意と嫉妬の炎を燃やす"元祖"武田家の軍師、武田の両職の一翼を担う重鎮こと甘利備前守ですが…



 今回は、晴信を思い武田家の家運に心を砕いているのは何も勘助だけではない、という気風を…勘助の様な饒舌雄弁では無く、沈黙を纏った態度だけで示してくれました。

 あの、由布姫の自尊心を煽り自害へと走らせる陰険な策は一見すると虎泰らしくありませんが…あれは、先代の武田信虎に『荻原昌勝を継ぐ武田の軍師』と言わしめた戦国武将らしい重厚な策でした。



 あの場で、由布姫が憤慨のあまり自害に走れば家中を煩わせる厄介な存在である姫を抹殺できますが、かわりに御館様から自分への信頼は大きく損なわれます。

 逆に、由布姫が屈辱を受けたと思い発作的に虎泰を斬り付ければ虎泰は深手を負うか…さも無くば死ぬ気でいたでしょう。…そうすれば、由布姫は武田家の重鎮を殺害してしまった危険因子として少なくとも晴信へ嫁ぐ事も立ち消えになります。自分の身を惜しまぬ実に深い策略です。

 しかし、勘助の登場と…その懸命な姿を見た由布姫が冷静さを取り戻したのでしょうか。由布姫は虎泰の思惑を全て見抜きます。

この方は、私にたれに来たのです…おのが身を捨てて、私を武田から遠ざけようとしたのです。武田の為に、そこまで…。

 その深い洞察力と落ち着き払った様を見届けた虎泰は、静かに自分の館に戻り…ぽつり、呻くように呟きます。

明な、姫じゃ。』 しかし、その不惜身命の策は氷の様に凍てついた由布姫の心を押し開くきっかけにもなりました。…勘助の宿敵が放った、ナイスアシストでした。

■由布姫(柴本幸)



 君のいる わが山里を つらく見て
           心うちに 待ちし




『…なんと…ヘタであろう。(,,´・ω・)』





 あまりにも直球過ぎるのです。


 こういう場合の恋文じみた和歌というのは、その四季の時々の情景や有職故実に掛けた掛詞などを散りばめて…うっすらと、それとなく思いを滲ませるのが粋なのですが…晴信は直球でそのまんま由布姫を慰撫する内容で勝負を挑みました。

 …たぶんそのあたりが下手なのでしょうが…この下手ながら直球で朴訥な内容の和歌は、悲運と波瀾の運命に打ちひしがれていた由布姫の心を慰撫し、苦笑を引き出すことが出来ました。

 恐らく、晴信がここで若殿時代遊興に耽った和歌の腕前を駆使した美辞麗句を送りつければ、由布姫は返ってその歌の裏にある浅ましさばかりを見出して、少なくとも…父を討った宿敵の詩を床の間に飾ったりはしなかったでしょう。




 勘助の必死の説得に加え、武田の重鎮・甘利虎泰が身を捨てた策、三条夫人の晴信を想う強さ、熱意にあてられていくに従い、由布姫の凍てついた心が徐々に解きほぐされていきます。

…武田へ入りましょう…。…こうなるために、私はき延びたかもしれません…。




 次週予告では、家臣達が口を揃えて(苦笑)危惧していた『危険な』で、晴信との合戦に望む様子がちらと映し出された由布姫ですが…晴信へ構えたのは諏訪大明神の天罰の矢か、はたまた蟷螂の斧か。

2007年大河『風林火山』第十九話 呪いの笛 感想と解説





■前に戻る    トップへ戻る