■さて、本年大河『江』では終に序盤の山場『本能寺の変』が終わり、豊川悦司さん演じる織田信長が歴史の表舞台から退場となりましたが…――私の視聴感性はやっぱり、大河『風林火山』を無意識にえこひいきしてるんでしょうか…
何というか、戦国時代の無常であるとか荒々しい切羽詰った、息を呑むような展開だと認識できないまま45分間が経過してしまったような気分でした。
神君伊賀越え…泉州堺に居た徳川家康御一向が本拠地の三河・遠江へ撤退していく逃避行に江が混じっている、というのも後々の複線なのでしょうが、野党に襲われても馬上でまごまごする江姫からは生命の危機感がさっぱり感じられません。
というかあの時点でまだ十歳なんですよ江姫は。( =(,,ェ)=)
とか何とか、歴史痛がぼやいてはみても…視聴率がすべてのTV業界、江姫のそれと風林火山のそれを比較すれば、優劣がどちらにあるかは火を見るよりも明らかなわけで…。
大河『江』
第一回 2011年01月09日 湖国の姫 21.7% 2007年大河『風林火山』第二十四回 越後の龍 感想と解説
第二回 2011年01月16日 父の仇 22.1%
第三回 2011年01月23日 信長の秘密 22.6%
第四回 2011年01月30日 本能寺へ 21.5%
第五回 2011年02月06日 本能寺の変 22.0%
2007年大河『風林火山』
第1回 1月7日 隻眼の男 21.0%
第2回 1月14日 さらば故郷 20.0%
第3回 1月21日 摩利支天の妻 19.8%
第4回 1月28日 復讐の鬼 21.9%
第5回 2月4日 駿河大乱 22.9%
…――をやぁ?( ・(,,ェ)・)
もっと歴然とした大差なのかと思いきや、じぃっと見比べてみるとわりかし接戦ですね。もっとも、『風林火山』の最高視聴率は22.9%、『江』の方は話が佳境に入ればそれを優々こすであろうことは想像に難くありませんが…――必勝の布陣ながら、わりかし振るっていないのではないでしょうか、江。
NHK様。今からでも、本格歴史派・重厚路線に舵切ってみてはいかがでしょうか(汗。
■結局あの路線で突き抜けた結果が風林火山とどっこいという平均視聴率。24年大河『平清盛』では、是非参考にして戴きたい。大河ドラマはトレンディっていうかホームドラマじゃねえんだぞってことを(ry
□第二十一話『消えた姫』
井上靖原作『風林火山』にもあった、由布姫失踪事件を下敷きに作られた回。晴信をめぐる正室と側室、女と女の息詰まる様な駆け引きと微妙な心模様の違いは三条夫人が勧めた甘酒の杯を巡って急激に揺れ動いていく。
冷たく悲しい火花を散らすおんなの戦いに危惧を覚えた勘助は由布姫を一度甲府から諏訪へ戻すことを考えるが…――なんと、その移送のさなかに由布姫が消える。様々な、いやむしろ最悪の可能性が勘助の脳裏をよぎる。果たして姫は無事なのか。
そして、由布姫が勘助を前に漏らした意外な言葉とは・・・。
■山本勘助(内野聖陽)&由布姫(柴本幸) 今回は井上靖原作『風林火山』ではもっと後に語られる事になる、由布姫失踪事件が基になっていますが…やや時代懸かった節回しや、何処かこころが不安定で言葉足らず、かつ我意の強い原作の由布姫の複雑な描写を、もう拍手するしか無い様な見事な脚色で表現しています。そしてそのストーリー展開を内野さんの確かな演技力が強く裏打ちしています。
大河ドラマは歴史浪漫なんですよ!!ットコ前系大根役者の出る幕は要りません。この際断言しましょう、うん。
最近の俳優さんの事なんか、殆ど知りませんが。(爆
涙を零しながら…愛しさと憎しみが激しく交差し揺れ動く感情を持て余し、いっそ殺して欲しいと嘆願する由布姫。
その由布姫失踪を受けて情動失禁状態に陥り、半狂乱状態で風雪の舞う闇夜を疾駆する隻眼の悪鬼。今となっては歴史考証の間違いや難解な箇所も多い井上靖原作『風林火山』を現代風に演出し直しつつも、その原作が描き出す描写は決して軽んじられてはいません。
(輿の中にいるものと思っていた由布姫の姿が無く、替わりに姫の衣装を纏い、口を割らぬ為に自害して果てた侍女のマキ(おおたにまいこ)の姿を隻眼に捉えた瞬間、勘助は当に死にもの狂いに姫を探し回る。)
『女人は居らんかッ!!女人が宿を求めてはおらんかッ!!…匿しだてをすれば、一家まとめて磔にするぞ!!( ;・`д@´)』(大河『風林火山』)
…戸口戸口で勘助は呶鳴った。どの家でも雨戸を開けた者は恐怖で顔を引きつらせた。(中略)それでなくてさえ異相の勘助である。その憑かれたような顔は一種言うべからざる殺気を帯びていた。(井上靖原作『風林火山』)
(雪の振る山中を、爬行を髪を振り乱して走る勘助。疲れ果て、雪の積もった笹藪に倒れ伏す勘助。何処からか聞こえてくる悲しげな笛の音に、由布姫の面影を想い、呟く勘助。)
『…姫様…さぞお寂しいことでしょう…。…わかりました…勘助が、姫様のために…この、命を捨てまする…。』(大河『風林火山』)
もう城取りも合戦もなかった。(中略)あるものは、ただ恐怖と絶望だけであった。あの美しい姫君がこの世から消えて失くなってしまったとしたら、恐らく自分はもう生きる力を喪ってしまうだろうという思いであった。勘助は、初めていかに自分が美しい由布姫に執着するかを知った。
姫、姫さま!
勘助にとって、由布姫は晴信同様彼の夢であった。この世に於ける、勘助の唯一つの、美しい壮大な夢であった。晴信も必要であったが、由布姫もそれに劣らず必要であった。どちらが欠けても彼の夢は成立しなかったのである。(井上靖原作『風林火山』)
…どうでしょうか。勘助が姫を求めて必死の形相で疾走している情景、原作の描写を重ね合わせると、見事に一致しているのがわかります。( ;・`ω・´)
そして二人は再会した後に…初めてその心内の全てを打ち明け合います。
由布姫にかつて愛した摩利支天の娘の面影を見、姫を愛している事を痛感し、一緒に行こう告白する勘助。
そして、由布姫には”父を討ち諏訪家を滅ぼした晴信を『諏訪家の姫君として、父の仇として』憎もうとするけれど、その仇敵を愛してしまった挙句その心の全てを捉われてしまった事”、”その優しい腕に身を任せようとしても『諏訪家の姫』である矜持が、『仇敵』である事がそれを赦せない事が、晴信の正室は三条夫人であり、側室に過ぎない自分には、その愛しい怨敵の愛を独占出来ないジレンマ”が、これも柴本さんの感情豊かな演技で見事に表現されています。
戦に勝利をもたらす摩利支天の偶像は、勘助への揺ぎ無い信頼とともに再び由布姫の元に戻りました。そして晴信を天下人たる地位へと導くという勘助の夢は、由布姫の幸せへと見事に連鎖していきます。次回は風雲急を告げる動乱が予告されていますが…勘助の武田家軍師たる活躍、そして由布姫や晴信をめぐる複雑な人間関係は今後はどう移り変わっていくのか。
本格描写の秀逸な大河『風林火山』ですが、心理戦描写も要チェックです。
■諸角虎定(加藤武)feat.甘利虎泰(竜雷太)
そんなこんなで再び強い絆を取り戻した勘助と由布姫ですが、晴信正室・三条夫人とはどうにもこうにも関係が修復されません。
…そして、由布姫が三条夫人(池脇千鶴)に、半ば憤りを篭めて訴えた、悲痛な心中吐露を…『無礼』と受けたのは何も萩乃(浅田美代子)だけでは無かったようです。
…今まで勘助の神算鬼謀を讃えて止まなかった甲斐武田家の重鎮達、そのなかでも最長老の虎定が鬼気迫る剣幕で怒鳴り散らす一幕が見られました。
諸角虎定は”天文年間(1532年〜1554年)に諏訪家から甲斐武田家にやって来て武田信虎に仕官し、優れた兵法と忠勇を発揮し侍大将となった”とも、”信虎の祖父・武田信昌(たけだのぶまさ 1447〜1505)の末子で、諸角姓を称して諸角昌清(むろずみまさきよ)、のちに信虎の寵愛を受けて虎の一字を拝領し虎定と名乗った”とも伝えられている、未だに出生に多くの謎を秘めている戦国武将の一人です。
出生年も、誰が父親なのかもはっきりとわかっていないとされる虎定ですが…一説には1561年(永禄四年)に、とある合戦で命を落としたときには既に齢81歳を数えていたともされる、歴戦の老将でもありました。
この説を採るならば、往年の名優・加藤武さん演じる虎定は第21回、1543年時点で既に還暦を越している老武将という事になります。当時の戦国武将達の感覚では、槍働きの第一線から引いて主君の傍らに侍っていて自然とも言える、老境の年齢です。
…もっとも、赤髭は加藤武さん見ていると…どーにも等々力警部のイメージが頭から抜けません。(苦笑)
…加藤さんは黒澤明監督『乱』や『用心棒』など映画史に残る名作映画や歴史大河に数多く参加してきた叩き上げの実力派俳優さんであり、諸角虎定の出生とも大いにオーバーラップする面も多々ある、まさに”燻し銀の名優”さんなのですが…。
大河『風林火山』での虎定は『そんな危険な娘を閨に云々』とか、『そちに御館様のお子を宿すことまでは出来まいてッ!!』など、どこかズレている…見ようによってはコミカルな点が二・三、見られます(汗。
今回の勘助叱責の場面も、信繁(嘉島典俊)に『体に毒ぞ』と窘められており迫力っていうかご老人の冷や水というか。等々力警部のノリが見え隠れして、その。(
;・`ω・´)
…赤髭は、見ていて次の瞬間『濃茶の尼がッ!!! ヽ(;゚Д゚)ノ』とか言い出しゃしないかとハラハラしてました。(マテ
『何ゆえそう言えるッ!!?…見たのかッ。…聞いたのか?…ん!?…勘助ッ』
…まるで取調室の一シーンですよ。(汗 ん!?の発音とか特に。
そして、今まで勘助擁護に傾いていた他の重臣達が失策を犯した隻眼の悪鬼を叱責しているのを背中で聞いていた虎泰も、表情一つ崩さぬままに、今が勝機と勘助叩きに動きます。
…由布姫が子を宿せば、その子が将来には甲斐武田家の後継者争いにすら加担しかねない。
…冷徹なまでに真理を突いた一言に、『兵は詭道』と懸河の弁を駆使していた勘助を完全に沈黙させてしまいました。…こうなってしまっては、軍師といえども形無しです…。
苦し紛れに『私が、お護りいたします…。』と呻くように呟くしかない勘助に、虎泰の猛り狂う牛の如しと称賛された用兵術そのままの怒声が浴びせられます。けたたましい叱責が容赦なく空間を引き裂く。…当に、虎泰の勝利の勝鬨です。
『どぁあれをじゃあぁ!!(#゚Д゚)9そ』
…軍師になって早々に、先輩達の弁舌の剣閃に苛まれる勘助。
どうにもこうにも…孫子の兵法といえども…何とかと秋の空、上司の心の裏奥底には通じないようです。
…次回以降から合戦続きとなる展開、ここは勘助の一発逆転の策がありうるのでしょうか。(´・ω・`)
■村上義清(永島敏行)With小笠原長時(今井朋彦)
さぁ、いよいよ前回放送より登場した信濃戦線に於ける晴信最大の宿敵・村上義清の本格始動です。
矢崎十吾郎(岡森諦)・平蔵(佐藤隆太)ら諏訪家残党や大井・望月家遺臣達の心を掌握した前回の威風堂々たる立居振る舞いから一転、今回は信濃守護職・小笠原長時の面前に平伏している場面からの登場。
前回登場時にあれだけ自信に満ち溢れた啖呵を切ったはずの義清なのに、いきなり他力本願でしょうか?( ;・`ω・´)そ
いえ…これは当然、武田家の信濃追討を企む為の複線、今後への布石でしょう。
村上義清は諏訪・大井・望月家ら滅亡諸家の亡命者や遺臣達を抱えており、甲斐武田家の侵掠に対する大義名分はあるものの、北部戦線では高梨家と剣戟を交えており信濃小笠原家とも勢力圏を隣り合わせている関係上、甲斐武田家の領する諏訪・伊那地方攻略だけに血道を上げているわけにもいきません。
ですが、ここで室町幕府公認の信濃国長官である信濃守護職・小笠原家を上手く抱き込めば、村上家の力が強く及ばない南信濃地区…伊那の高遠家残党や松尾小笠原家、藤沢家といった諸豪族達とも団結し、一緒に甲斐武田家追討に動く事が出来ます。
守護職の威信、鎌倉の時代より続く名跡・小笠原家総領を自認する小笠原長時のプライドを巧みにくすぐっておくことも忘れません。
村上義清は『小笠原長時に協力しろ。と要請している』わけでも、『甲斐武田家討伐軍に加わってくれるよう泣きついている』わけでもありません。
『信濃守護職・小笠原家が幾代にも渡って争った仇敵である諏訪家をあっさりと滅亡させ、甲斐武田家は調子に乗っている。
…室町幕府より小笠原家が任された信濃国に無法な侵掠をする甲斐武田家を撃つ為に立ち上がられるならば、村上家は喜んでその片翼を担いましょう!!』
と、信濃守護職位を誇る小笠原家のプライドを慎重かつ巧妙に煽っているのです。
この交渉劇は村上義清一流の智略の布石が随所に散りばめられた見事な策略と見れるわけです。村上義清といえば、勇猛果敢な面ばかりが強調される武将ですが…知略も抜群な描写というのは新鮮です。さすが武田信玄にとって真の意味での好敵手。
我が意を得たりと扇を撃ち鳴らし、僅かに腰を上げた長時の満足げな笑みと、見え見えのお追従言葉でそれを盛り上げる太鼓持ちの重臣達。
甲斐武田家撃つべしと沸き返っているであろう謁見の間を退き、薄暗闇の廊下板を踏み締める義清の言葉がその深い意味合いを語っている様な気がしました。
『…湿った炭に火をつけるのは、骨がおれるわい。( ;・`ω・´)』
…で。その戦国武将らしい、表裏比興の智略を駆使する老獪な義清と好対照を成すのが小笠原長時ですが…何ていうんでしょうか、高遠頼継(上杉祥三)とはまた違った意趣を醸し出す小者感が何とも言えません。(苦笑
名家を鼻に掛けたい御家の安っぽいプライド、見かけは良いが中身が伴って無さそうな浅墓な雰囲気はまさに…なんだかとっても、小笠原長時です。(暴言、
義清の言動を掣肘する怒声にも、何処か威厳は漂ってはいますが、肝心の重みがさっぱりありません。
『村上ィ!! おぬしは守護を愚弄するか、許さぬぞッ!! (#゚゛д゚)ボルァ!!』
生き馬の目を抜く戦国時代、守護大名家の威信なんていうものだけで国を治める事が出来ないのは…信濃のお隣である美濃土岐家の凋落や尾張斯波家の醜態を見れば火を見るより明らかだと言うのに、それを教訓するどころかまだあぐらをかいているという雰囲気が強く感じられます。
その虚ろな自尊心を義清の下手なお世辞めいた弄言に踊らされた挙句、義清の描く信濃統一戦線の総大将的地位を引き受ける事の威厳と名誉に、あっさりと腰を浮かせてしまいました。
なんなんでしょう、この見事なまでの斜陽貴族ぶり。(;゚Д゚)
ですが、このうわべは厳粛だけど質実が伴ってないような危うい雰囲気、長時らしくて良い感じです。(ぉ
私のイメージとしては小笠原長時と言うと、小笠原流の弓馬術を収めた強面で、武力を頼みとする自信過剰で勇敢な猪武者って感じで居ましたが、こういう雰囲気の長時も好印象です。というか、風林火山視聴以降はこの長時がmyスタンダードになりました(苦笑。
最後に、余談となりますが…『風林火山紀行』が紹介する史跡のナレーションが、まだ作品中では滅んでいない勢力の末路をネタバレさせるのはこれが二度目です。
自信満々の長時を登場させといて、その居城・信濃深志城の経緯歴史をさらっと話すってのはどうかと思うんですが…。(;゚Д゚)
2007年大河『風林火山』第二十二回 三国激突 感想と解説